La 10000km

  • 名 称:La 1000
  • 開催日:2020年11月5日〜25日
  • 場 所:モーリタニア サハラ砂漠
  • 距 離:1,000km
  • 制 限:18日(ノンストップ)
  • 気 温:10〜45℃
  • 開 催:1回目
  • 参加者:15名(日本人1名、初参加)
  • 完走者:10名(67%)
  • ルール:
    ①セルフサポート(サポートスタッフの帯同不可)
    ②GPS時計にてルート(方角、距離など)を確認しながら進む
  • チェックポイント:約20km毎(食料、ドリンク、寝床が提供される)
  • ドロップバック:約40km毎に自分の荷物(食料や衣類)を置くことができる
  • 参加費:6,800€(約85万円)
  • 提出書類:医師の診断書、心電図
  • URL:https://extreme-runner.fr/la-1000

<レース結果>

  • 順 位:6位
  • 記 録:384時間45分(16日と45分)

<レース映像>

<装備・アイテム>

装備一式。
シューズ3足(腫れに応じてサイズup)、ソックス24足(マメ予防)、ゲイター(砂入り防止)、サングラス(紫外線・砂嵐対策)、虫除けスプレー(感染病予防)、皮膚保護クリーム(マメ・股ずれ予防)、医薬品(病気対策)、日焼け止め(火傷予防)、バッテリー、リフレッシュシートなど準備。


食料一式。
計11万kcal、14万円、成人男性44日分相当となった。①チェックポイントで食べる食事(保存食やフルーツ)、②走りながらとる行動食(飽きずに食べられる菓子など)、③ドリンクとして飲める完全食、④サプリ(アミノ酸など)の4種類に分けて揃えた。

<レース日記>

世界最大の大きさを誇るサハラ砂漠。ここで第一回となる1000kmレースが行われた。





通称サハラマラソン(Marathon Des Sables 250km)は以前より世界で最も過酷なマラソンとして知られてきたが、今回はその4倍も距離があり圧倒的に難易度が高い。

さらに参加者は15人となり、2週間以上のほとんどの時間をひとりで進み続けるために、精神は厳しく追い込まれる。怪我や体調不良や遭難などの恐れもあるだろう。



背負う荷物重量はレースに直結する。そこで寝袋、ライト、GPS、薬、食料、水分、バッテリー、防寒具などをg単位の軽量化を行うも、5kgほどのリュックを背負い続けることとなった。

そんな厳しい、途方も無い1000km(大阪から青森ほどの距離)をクリアするために、毎日60km(チェックポイント3個分)を進み、計17日で走破する計画を立てて臨んだ。





レース初日から気温40℃を超え、肌が焦げるほどの日差しが降り注ぎ、地平線まで続く砂丘地帯。走ろうにもまったく地面を捉えることができず、一歩一歩と足が埋もれる。だがレースのために必死に足を出し続ける。そうして日陰のない炎天下を11時間。40km地点(チェックポイント)へと辿り着くと熱中症になっていた。

体中が暑く、だるく、思考が止まり、吐き気をもよおすという危ない状況の中、全身に水をかけながら日陰で4時間倒れる。





「この暑さじゃ、とても体がもたない」

「ゴールは難しいかもしれない」

体の機能が停止してまったく動けず、ドクターストップもかかった。気がつけば順位は最下位となっていた。

その後なんとか状態は回復してレースを再開し、予定の60km地点へと着いたのは夜中1時半。全身が疲労いっぱいだったが、少しでも挽回するために1時間半だけ仮眠して再出発。何も見えない砂漠を、20km先のポイントを目指してGPSを頼りに進んだ。








だが進んでも進んでも真っ暗闇の景色は変わらない。GPSが示す通りに進めば、砂丘にぶつかる。得体の知れない骨に遭遇する。とても走る道ではない場所が現れる。

周りを見渡しても〝道〟というものは無いため、GPSと自分の勘で道無き道を突き進む。

そうして夜明けまでひとり、12時間の暗闇の中を孤独に戦い続けた。





翌朝を迎えると、再び暑さのせいで食欲が落ち、気持ち悪さが酷くなった。

「何も食べる気がしない」

無理に食べると吐き気をもよおす。水を飲むだけで気分が悪くなる。そのため食べ物はほとんどとれず、脱水症状にもなった。

それでもなんとかチェックポイント毎に休息をはさみ、エネルギーになるものを必死に詰め込みながら3日間で200km地点に到着した。



翌日に備えて眠る前にエネルギーをとらねばと思い、ポイントで差し出されたスープを飲んで横になる。すると千切れそうなほどの腹痛となった。夜中に何度も起きてはお腹をくだす。

朝を迎えると体調は更に悪化し、頭痛もやってきた。少しでも緩和することを願って鎮痛剤、下痢止め、胃薬などを投与した。

だが相変わらず下痢は続き、1日に5回も6回もお腹をくだす。ただでさえエネルギーが足らないため、見る見るうちに栄養失調となっていった。

「力がでない、つらい」

体に力は入らず、太ももが麻痺してくる。明らかに筋肉は壊れていった。もう歩くことですら辛い。





「なんとかしないと…」

まずは食欲を戻さないといけないと思い、あらゆることを試みた。

暑くて倒れそうな中でも温かい飲み物しか飲まない。チェックポイントの2km前から走るのを辞めて内臓振動を抑え、お腹(リュック)のベルトを緩めて圧迫負担を減らし、休憩時に一気に水分を摂らないよう予め水分を多く摂っておく。

また食事前に歯磨きをして味覚をリフレッシュする。そんな些細なことを積み重ね続けていくと、徐々に食欲は回復していき、体調も回復していった。

そうして500kmが過ぎた。








どこまでいっても終わることのない地平線、砂、岩石、土など様々な表情を変える大地、眩しいほどの朝日やオレンジ色に輝く月など、今まで見たことがないような幻想的な世界が広がっていた。

その反面、暑さや寒さ、砂や岩など自然の猛威によって、他選手たちのリタイアが出てきた。熱中症、下痢、頭痛、足裏のトラブル、筋肉痛、擦れ傷、幻覚、空腹、体力疲弊、精神異常。

そんなリスクを常に考え判断し続けなければならない。



水はいつとる?どのくらいとる? 足裏に違和感があるが今ケアするのか? どんなケアをするのか? 何時間休む?休んでどのくらい回復するのか? 追い込んでトラブルが起きないか? 追わないことでのリスクはないか?

あらゆる要素を考慮しながら致命傷は避けつつ、限られた時間と資源で、少しでも早く前へと向かっていった。



そうして着実に前に進み続け、もうすぐゴールとなった。走っている時は1000km先のことは考えていなかった。

いや、考える余裕なんてなかった。ただ今を必死に生きていたら1000kmへと辿り着いた。そんな感じだった。





そしてついに1000kmのゴールを迎えると、

「行けた、ほんとうに自分の足で1000km行けたんだ」

そんな思いとともに、大きな喜びが込み上げてくる。



地平線をいくつ越えたか分からない。もう何日経ったかも分からない。昼も夜もずーっと、ただただ永遠と続く砂漠を進み続けた。

終わりがないんじゃないかと思うほど長かった道。何度も心折れそうになった道。これまで6年間必死に生きてきたアドベンチャーランナーとしての道。そのすべてが少し報われたような気がした。

そして辛いとき、いつも応援してくださるみなさんの顔が思い浮かんだ。思い出に浸っては元気をもらった。

自分ひとりではなく、みなさんと一緒にチャレンジすることができたからこそ、ここまでくることができた。こうして人生を賭けたチャレンジができ、ほんとうに幸せだ。





想像すらできなかったサハラ砂漠1000km。だがやるだけやれば、想像を超えたところに自分がいた。そして、まだできると思える自分もいた。

この先も上手くいくかは分からないが、これからもさらに高みを目指して挑んでいきたい。

そしてこれからも多くの方々と一緒に前人未到の物語をつくりにいきたい。